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サフラーっていうハンバーガーやさんは山形にしかないのかなぁ。山形ではみんな知ってると思うけど~。
どこのハンバーガーやさんより大好きだったのです。

偏食な上に少食の私。
学生のときにお料理学校に通っていたお母さんは早くに家を建てたからお金が無いのにいろいろ工夫して食べさせるのに必死。
私はいつも隣のテーブルで食べながら寝る弟がお母さんに怒られるのがとっても嫌い。
お母さんの怒った声が体をぞわぞわさせるから。

何でも決めちゃうし怖いお母さんだけど私は絶対に逆らわなかったの。
ずっと逆らえなかったって思っていたけど、逆らわなかったの。

だってわかる子だったから。
一人風邪をひくと必ず次にうつるのは兄弟だもの何だか当たり前。
風邪をひくと医療費だってかかるわけだけど、
必ず帰りにサフラーに行ってハンバーガーもチキンもポテトも食べさせてくれたの。(ジュースは何かダメだった気がする笑)
必ず2人分。
お母さんが食べるということはなかったのです。
いつも見てる。
だって、お金本当になかったんだもの。
(お母さん主婦だし←これはおじいちゃんのこだわりだったらしい)
そんなこと子どもの私だったけど、何故だかわかっていたのだ。

風邪じゃないときはわざと
「もうお腹いっぱい」とか言ってお母さんにあげたこともあったし、
いつもおうちに持って帰るのに弟がお店で食べたいってわがまましたときは「ばか!ようへいなんてきらい!」って思ったもの。
「お母さんのないのに!」って。

私にとって弟の価値は常にお母さんを通したものだったのよね。
少しずつ弟はそれを壊しに来ているみたいだけど最近。
(私からは近寄らないのもどうかだけど)

話はそれたのですが、そうゆうお母さんでしたので、逆らわなかったのでした。
怖かったというのもあったかもしれないけど、
お母さんが泣くのとかもどうしても嫌だったんだと思います。

夜はいつも7時半には寝ないとダメ(小2まで)。
それでも夜中に起きてみるとお父さんとお母さんとこっそり寝ている弟を置いて3人で歩いて出かけてグラタン食べたことも覚えているのだけど、今でもグラタンはそのときの味しかしないもん。
(多分逆もあったと思いますよ。私が寝てたヴァージョン)
でもよっぽど嬉しかったのね、なおちゃんは。歩くときの影まで覚えているから~。

インナーワークってすごいなぁ~とまた思う今宵。
同じ出来事でもいろんな思いがきっと錯綜してる。
そして、怖いことにズレて記憶していたりするんだもの。
何回も挑戦して向き合ってみると、私やっぱりはりきってこの親のところに生まれてきたことがわかるのだ!
そして今はこれで良かったっても思ったり。

私のインナーワークのときに出てくる鳥人間のような光った人もニコニコしています。

おっと、もういい加減寝ようっと。

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2007.09.04 | 未分類 | Comment:0
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